広島高等裁判所 昭和57年(ネ)258号・昭57年(ネ)405号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【判旨】
二本件遺言の効力について
1 丙第三号証の一、乙第一〇号証(本件遺言書)によると、一見、同一人の筆蹟と思われる文字によつて全文、日附が書かれ、「浜田フサヱ」との自署がなされて押印されており、加除その他の変更はなく、右遺言書は濱田フサヱの自筆証書遺言として形式上の要件を備えている。
2 前記丙第三号証の一、乙第一〇号証(封筒の部分も含む)、成立に争いのない乙第一二号証(広島法務局所属公証人光野勇作成昭和五〇年第九八一号求償債務履行契約公正証書。なお、当審取寄せにかかるその原本。)、丙第六号証の存在、原審証人菅田文彦の証言(第一、二回)、当審証人河口佐津子の証言、当審鑑定人高松末男鑑定結果を総合すると、濱田フサヱと菅田文彦夫婦は濱田商店として衣料品店を経営していたが、その売上帳簿である丙第六号証の一部には濱田フサヱの自筆による記帳があること、丙第六号証中濱田フサヱの自筆にかかる部分と本件遺言書の文字は同一人の筆蹟と思われること、前記公正証書における濱田フサヱ自署部分と本件遺言書の文字は同一人の筆蹟と思われることが認められる。さらに、成立争いのない乙第九号証中の家事調停申立書をみるに、申立人の署名押印欄に「はまだフサヱ」の署名があつて押印がなされているところ、家庭裁判所においては、本人自身が申立に来て、本人自身がそれを希望する場合は、裁判所職員が申立の趣旨事情などを聞いたうえ代つて所要事項を申立書に記入するならわしとなつており、その書類の形式からして、濱田フサヱ自身が来庁し、職員が代つて本籍住所を含め必要事項を記入したことが認められ、その署名は濱田フサヱ本人のものとみられる。そして、右鑑定の結果を参照すると、乙第九号証中の署名部分と前記遺言書の文字は戦筆(文字の線質の震え)において同一の傾向を示しており、両者の文字を対比して検討すると、同一人の筆蹟と考えることができる(右鑑定が考察の過程(9項)においては同一傾向を肯定しながら、結論の部においてこれに触れていないのは、鑑定人は「社会通念としては本籍、住所の筆蹟は本人の筆蹟である事が予想される」との考えを持つているところ、本籍、住所の筆蹟が濱田フサヱの自筆と認められない(実は前記のとおり、裁判所職員が記入)ことから、これを避けたものかと考えられる。)。また、本件遺言書の文字(封筒の文字を含む)には、漢字、平仮名、片仮名が混在しているところ、丙第六号証の濱田フサヱ記帳部分にも同じ傾向があり、乙第九号証の申立人氏名も平仮名と片仮名によつて署名されているが、これらによつて、濱田フサヱにはかような書き方をする癖があつた(成立に争いのない甲第七、第八号証(診療録など)によると、濱田フサヱには手が震えて文字が書きにくいという体調不全があつたことが認められるところ、同人はその場その場で書き易いと思われる字によつて書いたものと思われる。)ということができ、このことも右遺言書が濱田フサヱ自筆にかかることの証左であるといえる。
このように、本件遺言書の文字が、濱田フサヱ自筆にかかる他の文字と同一の筆蹟と思われるという客観的事実があるのであるから、昭和五〇年八月か九月ころ、封筒に入れた本件遺言書を濱田フサヱ自身から自己の遺言であるとして受取つた旨の原審証人菅田文彦の証言も信用することができるというほかなく、要するに、本件遺言書は濱田フサヱの自筆にかかるものと認定すべきである。
3 <証拠>によると、濱田フサヱは昭和五一年一月一四日濱田春吉、濱田正房を相手方として広島家庭裁判所呉支部に対し、広島県豊田郡川尻町大字川尻字郷二七三〇番五田三三四平方メートルが自己の所有であることの確認及びこれが所有権移転登記手続を求める旨の家事調停を申立て、同年三月八日から実質的に三回の調停期日が開かれ、同年四月二六日、相手方らにおいて右土地が濱田フサヱの所有であることを確認するとともに、濱田フサヱは濱田正房との間において、右土地と濱田正房所有の他の土地及び建物とを交換し、それぞれ所有権移転登記手続をすることを内容とする調停が成立したこと、各調停期日において常に濱田フサヱ本人が出頭し、代理人などの出頭はなかつたことが認められる。家事審判官及び家事調停委員においては、出頭している本人自身の判断能力の程度を十分確かめ、本人に自由に発言させその意思を確かめて調停を成立させるものであることはいうまでもないところであるから、右三回の調停期日当日において、濱田フサヱの判断能力に欠陥があつたとは到底考えられない。したがつて、それ以前である昭和四八年八月一五日の本件遺言書作成時にその判断能力に欠陥がなかつたとする原審証人菅田文彦の証言は信用することができる。そして、右遺言書作成当時には、濱田フサヱはすでにものを云うことができない状態で、手が震えてとても字はかけなかつたし、他に財産を与えるような判断は困難であつたとする原審証人住吉繁一の証言はそのまま信用することはできない、また、甲第七、第八号証によつても、昭和四七年ころから昭和四九年ころ、濱田フサヱには体のふらつき、発語状態不良、字が書きにくいなどという体調不全があつたことは認められるが、医師の診問などにも答え雑誌を読むなどしており、判断能力に欠陥があつたことを認めることはできない。
4 以上の次第で、本件遺言書は濱田フサヱの自筆証書遺言として適法に成立しその効力を有する。
(竹村 壽 高木積夫 池田克俊)